東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3817号 判決 1992年3月25日
第三八〇六号事件控訴人兼第三八一七号事件被控訴人
戸邉千秋
(登記簿上の表示戸辺千秋、以下「一審原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
永井義人
第三八〇六号事件被控訴人兼第三八一七号事件被控訴人
戸邉壽美惠
(登記簿上の表示戸辺寿美恵、以下「一審被告」という。)
右訴訟代理人弁護士
助川正夫
主文
一 一審原告の本件控訴に基づき、原判決主文第二及び第四項(本訴請求分)を次のとおり変更する。
一審被告は、一審原告に対し、錯誤を原因として、原判決添付物件目録(二)記載の建物についてした原判決添付登記目録(二)記載3の戸邉千秋持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 一審原告のその余の本件控訴を棄却する。
三 一審被告の本件控訴に基づき、原判決主文第一項(本訴請求分)並びに第三及び第四項(反訴請求分)を次のとおり変更する。
1 一審被告は、一審原告に対し、錯誤を原因として、原判決添付物件目録(二)記載の建物についてした別紙登記目録(二)記載2の戸邉千秋持分全部移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。
2 一審原告は、一審被告に対し、原判決添付物件目録(一)記載の各土地について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3 一審原告のその余の本訴請求を棄却する。
四 一審被告のその余の本件控訴を棄却する。
五 訴訟費用は、第一、第二審を通じて、これを二分し、その一を一審原告の、その余を一審被告の負担とする。
第一 当事者の求めた裁判
一 第三八〇六号事件控訴の趣旨(一審原告)
1 原判決主文第二ないし第四項を次のとおり変更する。
(本訴請求について)
(一) 一審被告は、一審原告に対し、錯誤を原因として、原判決添付物件目録(二)記載の建物についてした原判決添付登記目録(二)記載3の戸邉千秋持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。
(反訴請求について)
(二) 一審原告は、一審被告に対し、原判決添付物件目録(一)記載の各土地について持分二分の一の限度で真正な登記名義の回復を原因とする持分の移転登記手続をせよ。
(三) 一審被告のその余の反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第一、第二審とも、一審被告の負担とする。
(一審原告は、原判決添付物件目録(二)記載の建物についてした原判決添付登録目録(二)記載1の一番所有権更正登記の抹消登記手続請求を取り下げ、一審被告の原判決添付物件目録(一)記載の各土地についての所有権移転登記手続反訴請求に対し、持分二分の一を超える範囲でその棄却を求めた。)
二 第三八〇六号事件控訴の趣旨に対する答弁(一審被告)
本件控訴を棄却する。
三 第三八一七号事件控訴の趣旨(一審被告)
1 原判決を次のとおり変更する。
(本訴請求について)
(一) 一審原告の本訴請求をいずれも棄却する。
(反訴請求について)
(二) 一審原告は、一審被告に対し、原判決添付物件目録(一)記載の各土地について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は、第一、第二審とも、一審原告の負担とする。
四 第三八一七号事件控訴の趣旨に対する答弁(一審原告)
本件控訴を棄却する。
第二 当事者の主張
〔一審原告の本訴請求〕
一 請求原因
1 遺産分割
(一) 戸邉啓三郎(以下「啓三郎」という。)は、別紙物件目録記載2ないし5の各土地(以下「香取前の土地」という。)を所有し、また株式会社千秋社(以下「千秋社」という。)から原判決添付物件目録(一)記載の各土地(以下「本件土地」という。)を賃借して、本件土地上に、別紙物件目録記載1の建物(以下「旧建物」という。)を所有していたが、昭和四五年八月二四日に死亡した。啓三郎の相続人は、その妻の鈴、その長女一審被告、二女孝子、三女禮子、四女萬里子、五女みね子、六女美代子、二男一審原告、七女八千代、八女美登里であった(長男了は昭和一六年に死亡。)。鈴は、昭和四八年七月二八日に死亡し、右九名の子が鈴の遺産を相続した。
(二) 右九名の子は、鈴の死亡後昭和四八年一一月八日までの間に啓三郎及び鈴の遺産について、旧建物及び本件土地の借地権、並びに香取前の土地のうち、別紙物件目録記載4の土地を除くその余の土地を一審原告が、別紙物件目録記載4の土地を一審被告が取得する旨の遺産分割の合意をした。そして、昭和四八年一一月八日受付で、右各不動産について右の合意のとおりに所有権移転登記手続がなされた。
2 本件土地の底地権の買い受け
(一) 一審原告は、昭和五二年一二月六日に千秋社との間で、一審原告が同社から本件土地の底地権を代金一五七〇円で買い受ける旨の売買契約を締結した。
(二) 右売買契約の購入資金は、一審原告が大部分を相続した香取前の土地の売却代金をもってまかなわれ、昭和五二年一二月七日に千秋社から一審原告へ所有権移転登記がなされた。
(三) 以上の1(二)、2(一)、(二)の事実によれば、一審原告は、本件土地について少なくとも二分の一の共有持分を有する。
3 本件建物の建築
(一) 一審原告は、昭和五四年一月一〇日に原判決添付物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を建築した。
(二) 一審原告は、本件建物の建築資金を捻出するため、昭和五三年四月四日に千葉銀行から四〇〇〇万円を借り受けたうえ、本件土地に右借受金債務を担保するため抵当権を設定した。そして、本件建物の建築資金は右四〇〇〇万円でまかなわれた。
(三) 右借入金の返済は本件建物を第三者に賃貸したうえ、その家賃収入でする予定であった。しかしながら、新築当初は右家賃収入だけでは不足がでることが判明し、右不足額は一審被告が拠出した。
(四) そこで、一審原告と一審被告は、昭和五四年二月ころ本件建物の持分を各二分の一とすることを合意し、同月二四日にその旨の原判決添付登記目録(二)記載1の所有権更正登記がなされた。
(五) 以上の事実により、一審原告は、本件建物について二分の一の共有持分を有することになる。
4 一審被告は、本件土地について原判決添付登記目録(一)記載の所有権移転請求権仮登記、本件建物について原判決添付登記目録(二)記載2の戸辺千秋持分全部移転請求権仮登記及び3の戸辺千秋持分全部移転登記をそれぞれ経由している。
5 よって、一審原告は、一審被告に対し、本件土地及び本件建物の共有持分に基づき、右4記載の各登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)の事実のうち、遺産分割協議がなされたこと及び遺産について控訴人主張の所有権移転登記がなされたことは認めるが、合意の内容を含めてその余の事実は否認する。
(1) 右遺産分割においては、次のとおり合意された。
① 一審被告は、啓三郎及び鈴の一切の遺産(債務を含む。)の全てを相続する。
② 一審被告は、香取前の土地を分譲売却し、その他の遺産を運用して余裕ができたときには、既に結婚している者(後藤孝子、中野禮子、堀越萬里子)に対して各三〇万円を支払う。
③ 一審被告は、未婚の弟妹(みね子、美代子、一審原告、八千代、美登里)に対し、各人の婚姻時に右三〇万円の代わりに婚姻時婚姻費用を支出する。
(2) なお、一審被告は、旧建物について便宜上一審原告名義で相続登記をした。
2 同2(二)のうち、一審原告名義で所有権移転登記がされたことは認めるが、その余の事実及び同2(一)の事実は否認する。
(一) 本件土地の借地権については、地主である千秋社に対する地代は本件建物に居住していた一審原告が責任をもって支払うことになっていたが、一審原告が地代を滞納したため、千秋社から本件土地の賃貸借契約を解除された。そこで、一審被告は千秋社から自己資金をもって一五七〇万円で本件土地を買い受けたものである。すなわち、一審被告は本件土地の底地部分だけでなく、借地権の負担のない完全な所有権を買い受けたものである。
(二) 香取前の土地の造成、処分については、造成費等の経費がかかったため、利益は殆ど出ていない。また、本件土地の売買契約書上は一審原告が買主となり、所有権移転登記も一審原告名義となっているが、これは、一審被告が本件土地上に本件建物を建築することを計画して、千葉銀行に融資の相談をした際、千葉銀行から融資を受けるためには、土地所有者を野田市在住の一審原告名義にしてもらいたいとの要望を受けたことによるものであり、虚偽の表示である。
3 (一) 同3(一)の事実は否認する。本件建物は一審被告が建築したものである。
(二) 同3(二)の事実は否認する。建物の当初の所有権保存登記及び抵当権設定登記の債務者は一審原告名義となっているが、これは、建築資金を融資した千葉銀行野田支店が借主名義を一審原告とすることを希望したこと、マンション各戸の水道施設につき野田市居住者である一審原告を建主名義とすることによって建築費用の莫大な節約になることによるものであり、虚偽の表示である。
(三) 同3(三)の事実は認める。
(四) 同3(四)の事実は認める。
4 同4の事実は認める。
三 抗弁
1 請求原因3(四)の本件建物共有の合意は一審原告が建築資金の借受金の弁済金の半分を負担することを条件としていたものである。ところが、一審原告は右の負担をしなかった。
2 一審原告と一審被告は、昭和五五年一〇月二四日ころに、一審原告が借受金の弁済について一銭の負担もしないので、一審原告の本件建物の持分二分の一を一審被告が取得する旨を合意した。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実を否認する。
〔一審被告の反訴請求〕
一 請求原因
1 一審被告は、昭和五二年一二月六日に、株式会社千秋社から本件土地を一五七〇万円で買い受けた。
契約書上は一審原告が買主となっているが、これは、一審被告が本件土地上に本件建物を建築することを計画して、千葉銀行に融資の相談をした際、千葉銀行から融資を受けるためには、土地所有者を野田市在住の一審原告名義にしてもらいたいとの要望を受けたことによるものである。
2 一審原告は、本件土地について千葉地方法務局野田出張所昭和五二年一二月七日受付第一七〇二一号所有権移転登記を経由している。
3 よって、一審被告は、一審原告に対し、本件土地の所有権に基づき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、売買日時、売主、代金額及び契約書上一審原告が買主となっていることは認めるが、その余の事実は否認する。本訴請求原因2記載のとおり、買主は一審原告である。
2 同2の事実は認める。
第三 証拠関係<省略>
理由
一まず、一審原告の本訴請求原因1(遺産分割)について判断する。
1 啓三郎が香取前の土地及び旧建物を所有し、千秋社から本件土地を貸借していたこと、啓三郎が昭和四五年八月二四日に、その妻の鈴も昭和四八年七月二八日にそれぞれ死亡し、一審被告、一審原告の他七名の子相続したこと、鈴の死亡後昭和四八年一一月八日までの間に遺産分割の協議がなされたこと、昭和四八年一一月八日受付で、旧建物及び香取前の土地のうち、別紙物件目録記載4の土地を除くその余の土地について一審原告名義に、別紙物件目録記載4の土地について一審被告名義に所有権移転登記がされたことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、右遺産分割の協議の内容について検討する。
(一) 右当事者間に争いのない事実に証拠(<書証番号略>、証人堀越萬里子、同室井美代子、一審被告〔原審及び当審〕)を総合する。次の事実を認めることができる。
(1) 鈴が死亡した昭和四八年七月二八日当時、長女である。一審被告は三五歳で東京都内で美容院を経営して自活していた。二女孝子は三三歳で昭和三九年一二月に、三女禮子は二八歳で昭和四七年一〇月に、四女萬里子は二五歳で昭和四八年三月にそれぞれ婚姻していた。五女みね子は二四歳、六女美代子は二三歳、二男である一審原告は二一歳、七女八千代は一九歳、八女美登里は一八歳でいずれも未婚であり、美代子は一審被告と同居して美容師として働き、その余の者は旧建物で居住していた。
(2) 鈴の死亡後昭和四八年一一月八日までの間に、右一審被告他八名の子は遺産分割について協議し、啓三郎が債務を負っていたことから、一審被告に香取前の土地の管理・処分を委任し、一審被告が右土地を分譲売却して、余裕が出たときには、既に結婚している孝子、禮子、萬里子に対して各三〇万円を支払う、一審被告は、未婚のみね子、美代子、一審原告、八千代、美登里に対しては、各人の婚姻時に婚姻費用を支出することを合意した。
(3) 一審被告は、前記のとおり昭和四八年一一月八日受付で、香取前の土地については別紙物件目録記載4の土地を除くその余の土地について一審原告名義に、別紙物件目録記載4の土地について一審被告名義に、旧建物については一審原告名義に所有権移転登記手続をなし、香取前の土地について造成工事を開始した。また、千秋社との賃貸借契約の貸借人は一審原告が承継した。
(二) 一審被告は、旧建物の所有権及び本件土地の借地権についても遺産分割協議で一審被告が取得する旨の合意があったと主張するが、一審被告本人尋問の結果(当審)によれば、旧建物については建て替えをすることになり、一審被告がこれを一任されたと供述する一方、昭和四八年の遺産分割の協議の際には、旧建物の所有権及び本件土地の借地権については協議してないと供述しており、他にもこれを直接認めるに足りる証拠はない(そもそも、一審被告は、当審における平成二年六月一八日付け準備書面において、旧建物は相続人全員で相続したと主張していた。)また、前記の認定事実によれば、鈴が死亡した当時、自活していたのは一審被告だけであり、結婚して世帯を構えていた三名を除くと未婚の四名の弟妹は未だ若年であり、遺産の管理は一審被告が行うほかなかったことが認められるが、このことから当然に旧建物の所有権及び本件土地の借地権について一審被告が取得する旨の合意かあったと推認することも困難である。したがって、一審被告の主張は理由がない。
次に、一審原告は、右(一)(3)の事実を根拠として、右遺産分割の協議においては、各不動産の所有権移転登記の名義人が取得する旨の合意があったと推認できると主張する。そして、証人堀越萬里子の証言並びに一審原告本人尋問の結果(原審及び当審)中には、右遺産分割の協議で、遺産は唯一の男子である一審原告が相続することになった旨の供述部分があり、前記のとおり本件建物は右遺産分割協議後に一審原告名義で所有権移転登記がなされ、また、本件土地の貸借人も一審原告名義で承継されている。しかしながら、証拠(一審原告本人〔原審及び当審〕)によれば、一審原告は右遺産分割協議の際、遺産分割の協議には加わっておらず、協議自体は一審被告ら姉に任せていたこと、香取前の土地の管理・処分についても全面的に一審被告に任せており、そのため一審被告の実印も一審被告に預けていたことが認められ、証人堀越萬里子の証言も遺産分割の協議内容について必ずしも明確でないことからすれば、右証人堀越萬里子並びに一審原告(原審及び当審)の各供述部分を直ちに信用することはできない。そして、前記の認定事実からすれば、結局遺産分割協議の際には、旧建物の所有権及び本件土地の借地権の帰属については特に協議の対象とはしなかったことを推認することができ、遺産の管理を任された一審被告において、将来建物を建て替えることを念頭において、とりあえず当時旧建物に居住していた一審原告名義に所有権移転登記をしたものと認めるのが相当である。したがって、一審原告の右主張も理由がない。
(三) 以上の検討によれば、旧建物の所有権及び本件土地の借地権については遺産分割協議の対象とはされておらず、一審原告、一審被告を含む前記九名の子が共同で相続したものというほかないから、一審原告及び一審被告は、それぞれ九分の一の持分を取得したものというべきである。
二次に、一審原告は、本訴請求原因2で、一審原告が本件土地の底地権を買い受けたと主張し、一審被告は、反訴請求原因1で、一審被告が本件土地の所有権を買い受けたと主張するので、判断する。
1 千秋社が、昭和五二年一二月六日に契約書上一審原告を買主として本件土地を代金一五七〇万円で売却する旨の売買契約書を締結したことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、まず右売買契約締結時において本件土地の借地権が存続していたか否かについて検討する。
一審被告は、本件土地の地代は旧建物に居住していた一審原告が支払うことになっていたところ、一審原告が地代を滞納したため千秋社から本件土地の賃貸借契約を解除されたと主張し、<書証番号略>並びに証人室井美代子の証言及び一審被告(原審)本人尋問の結果中にはこれにそう供述部分がある。しかしながら、<書証番号略>からは、地代の滞納があったことを推認することはできても、千秋社から解除の意思表示があったことまでを推認することはできず、また、右各供述部分についてはこれを具体的に裹付ける証拠はない。そうすると、前記の各供述部分を直ちに信用することはできない。
そうすると、右売買契約の対象となったのは、借地権の付着した本件土地であるというべきである。
3 次に、右売買契約の買主が一審原告か一審被告かについて判断する。
(一) 証拠(<書証番号略>、一審被告本人(〔原審及び当審〕)によれば、本件土地の売買契約は、買主名義が一審原告となっているが、その契約締結に一審原告は直接関与しておらず、売買契約の締結、売買代金の用意、千秋社に対する支払い及び不動産取得税の支払はすべて一審被告が行ったことが認められる。
(二) 一審原告は、右売買代金は、一審原告が大部分を相続した香取前の土地を処分した代金でまかなわれたものであると主張し、原審における一審原告本人尋問の結果中には、香取前の土地の処分価格は二〇〇〇万円から三〇〇〇万円弱であるとの供述部分がある。また、証拠(<書証番号略>)によれば、啓三郎が所有していた香取前の土地の面積は合計1769.96平方メートルで、昭和四五年度の土地課税台帳上の評価額は合計九四万四二六五円にすぎないが、一審被告は、宅地造成のため、周辺土地の買受け、合筆、分筆を行って宅地を造成して第三者に処分したこと、一審被告は、一審原告名義で昭和五〇年一月一〇日に篠宮寛に売却した七五四番一〇の土地217.60平方メートルの土地について、譲渡代金は八二二万八〇〇〇万円で、取得費のほか必要経費として造成費等を差引くと四七八万一〇九八円の譲渡益を得た旨税務署に回答していることが認められる。そして、一審被告は、造成した宅地の総面積は少なくとも合計一八八〇平方メートルにのぼり、そのうち道路部分等を除き第三者に売却した総面積が1189.89平方メートルであること、右の税務署に対する回答例をこれにあてはめると、少なくとも合計二三二二万円の譲渡益を得たことを自認している(当審における一審被告の平成二年四月二〇日付け準備書面)。したがって、その限度では一審原告の前記供述部分は裏付けがあることになる。しかしながら、一審被告は、そのほか経費として測量費、登記手続費用、浄化槽工事費、外側道路工事費、土地購入費、銀行からの借入に伴う利息等として合計約二二四〇万円を要した旨も主張しているところ、これらの経費を直接裏付ける証拠は乏しいが、証拠(<書証番号略>)によれば、右宅地の造成・販売・分筆は少なくとも昭和五四年ころまでは継続したことが認められるから、全体の譲渡益について昭和五〇年の譲渡例だけから推認することも妥当ではなく、金額は不明であるが、一審被告が主張するような費目の経費がかかったことは十分推認することができる。したがって香取前の土地の造成・処分によってある程度の利益が得られたことは推認できるものの、二〇〇〇万円以上の利益が得られたことを直ちに認めることはできない。そして、仮に香取前の土地の造成・処分によってある程度の利益が得られたとしてもこれが本件土地の購入代金に当てられたことを認めるに足りる証拠もない。
次に、一審被告は、本件土地の売買代金は自ら調達したものであると主張し、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果中には、東京都からの立退の補償金や都内の銀行からの借入金を当てた旨の供述があり、また、<書証番号略>の記載を援用するが、右<書証番号略>はいずれも第三者名義であって一審被告が借り受けたものであることを認めるには足らず、他に右供述部分を具体的に裏付ける証拠が乏しいから、右供述部分を直ちには採用することができない。
以上の検討を総合すると、一審原告及び一審被告の前記の各供述は、その裏付けが乏しく、結局売買代金の出所についてはこれを確定することができない。しかしながら、いずれにしても一審原告は本件土地の売買契約に関与しておらず、本件売買代金の調達支払に全く関与していないのに対し、一審被告がこれを全て行ったことは明らかであるから、一審被告が支払った売買代金を一審原告が負担したことが認められない以上、本件土地の売買代金は一審被告が負担し、支払ったものと推定するほかはない。
(三) 本件土地の売買契約が一審原告名義で締結されたことについて、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果中には、売買契約当時旧建物を取り壊して本件建物を建築する計画を立てていたところ、東京都に居住している一審被告より野田市に居住している一審原告名義であった方が水道を引く許可をとるうえで有利である、また、本件建物の建築については千葉銀行から融資を受ける予定あったが、千葉銀行が地元に居住している一審被告名義で取得することを希望した旨の供述部分がある。証拠(<書証番号略>)によれば、千葉銀行は昭和五三年四月四日に一審原告を債務者、一審被告を連帯保証人として四〇〇〇万円を貸し渡し、本件土地及び本件建物に右債権を担保するため抵当権を設定していることが認められるから、右供述部分はそれなりに首肯できなくもない。
(四) 以上によれば、本件土地は一審原告名義で売買契約が締結されているが、一審被告が売買契約の締結、売買代金の支払を行い、一審原告はこれに全く関与しておらず、かつ一審原告が売買代金を出資したともいえず、また、一審原告名義で売買契約を締結した理由も一応説明できるから、本件土地の売買契約の買主は一審被告と認めるのが相当である。
そうすると、本訴請求原因2(一)の事実を認めることはできず、反訴請求原因1の事実を認めることができる。
4 反訴請求原因2の事実は当事者間に争いがない。
5 ところで、前記のとおり右売買契約の対象となった本件土地には、一審原告、一審被告を含む前記の九名の借地権が存在していたから、本件土地の所有権を取得した一審被告は賃貸人の地位を承継したものということができる。したがって、一審被告が買い受けたのは実質的には本件土地の底地部分のみではあるが、借地権の負担付であっても本件土地の所有権を取得したものである以上、本件土地の全部について所有権移転登記を求める権利があることが明らかである。
そうすると、一審被告は、一審原告に対し、本件土地全部について、所有権に基づき、真正な登記名義の回復として、所有権移転登記手続を求めることができるから、一審被告の反訴請求は理由があるが、一審原告の本訴請求のうち、本件土地についてされた原判決添付登記目録(一)記載の登記の抹消登記手続を求める請求は理由がない。
三本件建物の所有権について
1 本訴請求原因3(三)の事実及び同3(四)の一審原告と一審被告とが、昭和五四年二月ころに本件建物の持分を各二分の一とすることを合意したことは当事者間に争いがない。なお、右合意は、後記3(二)で認定するとおり、本件建物の原始取得者についての所有権(共有持分)の確認であると解するのが相当である。
2 そこで、一審被告の抗弁1について判断する。
一審被告(原審及び当審)は、右の共有とする合意は、当初の予想に反し借家人の賃料だけでは借受金の弁済ができないので、一審原告が本件建物の建築のための借金の弁済費用等の半分を負担することを条件としてなされたもの(あるいは右の負担をしないことを解除条件とするもの)であったと供述する。しかしながら、共有持分が二分の一である以上、特段の合意がない限り、本件建物の建築資金の借受金の弁済について一審原告がその半分を負担するのは当然であるが、右供述によっても、一審原告が借受金の弁済費用等を負担しない場合は一審原告が二分の一の共有持分を失うという解除条件付きの合意であったことまでを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、一審被告主張の抗弁1は理由がない。
3 次に、一審被告の抗弁2について判断する。
(一) 証拠(<書証番号略>、一審原告及び一審被告〔いずれも原審及び当審〕)によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 千葉銀行は、昭和五三年四月四日に本件建物の建築資金として、債務者を一審原告、連帯保証人を一審被告として四〇〇〇万円を貸し付け、本件土地に抵当権を設定した。借受金の弁済は、本件建物の各部屋を第三者に賃貸してその賃料で行う計画であった(当事者間に争いがない。)。
(2) 本件建物の建築確認の申請は一審原告名義でなされ、旧建物は昭和五三年四月二〇日に取り壊されて、本件建物の建築工事が開始され、本件建物は昭和五四年一月一〇日に完成し、同年二月八日に一審原告の名義で所有権保存登記がなされたが、同月二四日に錯誤を原因として共有者一審被告の持分二分の一、一審原告の持分二分の一とする所有権更正登記がされた。建築費は約五〇〇〇万円を要した。
千葉銀行は、昭和五四年三月一九日に債務者を一審被告、連帯保証人を一審原告として二五〇〇万円を貸し付け、本件土地及び本件建物に抵当権を設定した。
(3) 建築当初の借受金の返済は、当初の四〇〇〇万円の分だけでも毎月約五五万円程度を要したが、本件建物の一部にしか賃借人が入らなかったこともあって、賃料収入は昭和五四年後半から昭和五五年にかけて毎月せいぜい約四〇万円弱程度であったため、不足金額は一審被告が負担し、一審原告がこれを負担したことはなかった。また、公租公課は全て一審被告が支払ってきた。
(4) 一審原告は、本件建物が完成後、直ちに本件建物の一室に入居し、現在に至るまで居住している。
(二) 一審被告は、一審原告と一審被告とが昭和五五年一〇月二四日ころに、一審原告の本件建物の持分二分の一を一審被告が取得する旨合意したと主張する。
そして、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果中には、本件建物の建築の際、千葉銀行からの四〇〇〇万円の借入については一審原告の了解を得て一審原告名義で借り受けた後、一旦一審原告との間で、弁済費用等の半分を一審原告が負担する約束で、本件建物の所有権の二分の一を一審原告、二分の一を一審被告とする旨合意したが、一審原告は家賃、管理費、水道代も支払わず、弁済費用等の負担を全くしなかったので、一審原告に費用を負担するよう申し入れたところ、自分と一切関係なくしてくれと言われた、そこで、昭和五五年一一月五日に一審原告の持分全部の移転請求権仮登記手続をなした、さらに一審原告から再度自分と一切関係なくしてくれと言われたので昭和五六年一〇月二八日に一審原告持分全部の移転登記手続をなした旨の供述部分がある。そして、前記の認定事実によれば、本件建物の建築後、借入金の返済が本件建物の借家人の賃料だけでは賄うことができなかったところ、一審原告はこれを全く負担せず、結局不足分は全て一審被告が負担してきたものである。しかしながら、本件建物については、その建築費の大部分を一審原告名義で借り受けたものであるところ、証拠(一審被告本人〔当審〕)及び弁論の全趣旨(当審における一審被告の平成二年九月二九日付け準備書面)を総合すると、千葉銀行は四〇〇〇万円を貸し付けるについて、一審被告が女性で東京都存在住であったことから、融資の条件として債務者を野田市に居住し、サラリーマンであった一審原告名義にすることを要求したことが認められる。そうすると、借入金の返済を本件建物の賃料で行う計画であり、かつ、一審原告が借入金の返済に全く寄与していなかったとしても、一審原告が本件建物の二分の一の持分を取得したことについては、借入金の弁済を負担するだけではなく、相続人中唯一の男子であり、かつ、借入をすることについて一審原告の名義が必要とされたこともまたその根拠となって昭和五四年二月八日ころに本件建物の原始取得者について持分を各二分の一とする所有権の確認の合意がなされていたものということができる。これらの事実を総合すると、借入金の返済について協力を渋ったことだけから、一審原告がその持分を放棄したとは推認することができず、また、一審被告の前記の供述中の「自分と関係なくしてくれ。」との発言があったとしても、これをもって、一審原告の共有持分を一審被告に譲渡する意思表示とみることは到底困難であるといわざるを得ない。
そして、その他に、一審被告主張の抗弁2の事実を認めるに足りる証拠もない。
(三) そうすると、一審被告主張の抗弁2も理由がない。
3 本訴請求原因4のうち、一審被告が本件建物について原判決添付登記目録(二)記載2及び3の各登記を経由していることは当事者間に争いがない。
4 以上によれば、一審原告の本訴請求のうち、本件建物についてされた原判決添付登記目録(二)記載2及び3の各登記の抹消登記手続を求める請求は理由がある。
四結論
以上によれば、一審原告の本訴請求のうち、本件建物についてされた原判決添付登記目録(二)記載2及び3の各登記の抹消登記手続を求める請求及び一審被告の反訴請求はいずれも理由があるから、これを認容すべきであるが、一審原告の本訴請求のうち、本件土地についてされた原判決登記目録(一)記載の登記の抹消登記手続を求める請求は理由がないから、これを棄却すべきである。そうすると、一審原告の本件控訴に基づき原判決主文第二及び第四項(本訴請求分)を本判決主文第一項のとおり変更し、一審原告のその余の本件控訴は理由がないから棄却し、一審被告の本件控訴に基づき原判決主文第一並びに第三及び第四項(反訴請求分)を本判決主文第三項のとおり変更し、一審被告のその余の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官渡邉等 裁判官富田善範)
別紙物件目録
1 所在 野田市花輪字一五五二番地
家屋番号 八五四番
種類 店舗兼居宅
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階120.66平方メートル
二階37.02平方メートル
2 所在 野田市上花輪字香取前
地番 七五四番一
地目 宅地
地積 280.72平方メートル
3 所在 野田市上花輪字香取前
地番 七五五番一
地目 宅地
地積 472.72平方メートル
4 所在 野田市上花輪字香取前
地番 七五六番
地目 宅地
地積 582.12平方メートル
5 所在 野田市上花輪字香取前
地番 七五七番
地目 宅地
地積 431.40平方メートル